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福岡地方裁判所 昭和24年(行)141号 判決

原告 石王丸磯太郎

被告 上西郷村農地委員会・福岡県農地委員会

一、主  文

被告上西郷村農地委員会が昭和二十二年十月二十五日別紙目録記載農地について爲した買收計画並びに被告福岡県農地委員会が昭和二十四年八月十一日付爲した訴願棄却の裁決はいずれもこれを取消す。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、被告上西郷村農地委員会(以下村委員会という)は昭和二十二年十月二十五日別紙目録記載の本件農地を不在地主たる松岡トモの所有する小作地なりとして同年十二月二日を買收期日とする買收計画を定め同年十月二十八日その旨の公告をした。然し右買收計画は後記の理由により違法たるを免れないものであるから、原告はその取消を求める爲、同年十一月五日被告村委員会に対し異議の申立を爲したが同月十四日棄却されたので、更に同月二十日被告福岡県農地委員会(以下県委員会という)に対し訴願を提起したけれども右訴願も亦昭和二十四年八月十一日付で棄却され、その裁決書は同年十月十一日原告に交付された。然しながら本件農地は原告が昭和十六年二月十日前所有者小田和三から代金千二百円にて買受けたもので、決して松岡トモの所有物件ではない。尤も登記簿上、本件農地は同人の所有物件として登載せられ、原告はその質権者ということになつているが、これは次の如き事情に基くものである。すなわち原告が右の如く本件農地を買受けた当時、手持ちの金がなく、同人からその代金を立替えてもらつたので、原告名義に所有権移転登記を爲し更に同人の爲、抵当権設定登記を爲す筈であつたが、この手続の代りに右立替金債権担保の意味で買主名義を松岡トモとし、直接同人が前記小田和三から買受けたものとして、その旨所有権移転登記手続を了しておいた。そして後日原告が右立替金を完済したときに更めて名義替えをするという約束であつたのでその後原告において昭和十六年十二月十五日金百円、昭和十七年十二月二十日金百円、昭和十八年十二月二十五日金百円、昭和十九年十二月二十三日金百二十円、昭和二十年十二月二十八日金七百八十円合計千二百円の支払を了した故、直に原告の爲、名義替えを爲すべく、所有権移転登記を申請せんとしたけれども、その当時には既に臨時農地等管理令の規定により、農地の所有権の移転登記には県知事の許可書の添付を要する等その手続が極めて面倒となつていた関係上、取り敢えず、松岡から原告の爲、昭和二十一年一月十八日に質権を設定したものとしてその旨の登記手続を爲したもので、右登記簿の記載は決して眞実の権利関係に符合するものではない。以上の如く本件農地は登記簿面こそ、松岡トモの所有となつてはいるが眞実は原告の所有物件に外ならないのであるから、その買收計画は眞実の所有者たる原告を相手方として定めらるべく、これを松岡トモの所有農地として爲された本件買收計画は既にこの点において所有者を誤つた違法があるといわなければならず、從つて本件買收計画には所有者を誤つた違法なしとして原告の訴願を棄却した本件裁決も亦違法たるを免れないものである。よつて原告は茲に右違法なる買收計画並びに裁決の取消を求める爲、本訴請求に及んだと陳述した。(証拠省略)

被告両名指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中被告村委員会が昭和二十二年十月二十五日、別紙目録記載の本件農地を不在地主たる松岡トモの所有する小作地と認めて同年十二月二日を買收期日とする買收計画を定め同年十月二十八日その旨の公告をした事実、原告がその主張の如く被告村委員会に対し異議を申立てたが棄却され更に被告県委員会に対し訴願を提起したけれども右訴願も昭和二十四年八月十一日付で棄却され、同年十月十一日その裁決書の交付を受けた事実、登記簿上本件農地が松岡トモの所有として登載せられ、原告がその質権者となつている事実はいずれもこれを認めるがその余の事実はこれを否認する。而して原告は本件農地は原告が小田和三から買受けた原告の所有である旨主張するが右の如く登記簿上、本件農地が松岡トモの所有物件として登載せられ、原告がその質権者に過ぎない事実と松岡トモが、自ら本件農地を中村啓太郎の小作に附してその小作料を收納し、公租公課を負担する等実質的に所有者としての行動してきた事実から考えて、原告の前記主張の理由なきことは疑がなく、むしろこれ等の事実に徴するときは本件農地の眞の所有者は松岡トモであるといわなければならない。仮りに百歩を讓り、原告がその附言する如く昭和二十年十二月二十八日松岡に対する立替金債務の返済を終り本件農地所有権の讓渡を受けたとしても、臨時農地等管理令(昭和十九年三月二十五日改正同日施行)第七条の二の規定によれば農地の所有権等の讓渡契約を締結せんとする当事者は、その契約の締結につき農商大臣の定むるところにより地方長官の許可を受くべき旨定められているところ、右が公の秩序に関する規定、いわゆる強行法規であることは疑がないから、地方長官の許可を受けおらざる本件農地所有権の讓渡契約は右強行法規に違反する無效のものといわなければならない。仮りに右主張にして理由がないとしても原告の本件農地の所有権取得についてはその旨の登記を欠いているから、原告はこれを以て、登記の欠缺を主張するに付、正当な利害関係を有する第三者たる被告等には対抗し得ないものと解するのが相当である。以上いずれの方面からみるも本訴請求の理由なきこと明なるを以てこれを棄却され度いと陳述した。(立証省略)

三、理  由

被告村委員会が昭和二十二年十月二十五日別紙目録記載の本件農地を不在地主たる松岡トモの所有する小作地なりと認め、同年十二月二日を買收期日とする買收計画を定め、同年十月二十八日その旨公告した事実、原告が右買收計画の取消を求める爲、同年十一月五日同被告に対し異議の申立を爲したが同月十四日棄却されたので、更に同月二十日被告県委員会に対し訴願を提起したけれども右訴願も亦昭和二十四年八月十一日付で棄却され同年十月十一日右裁決書の交付を受けた事実はいずれも当事者間に爭がない。そこで本件農地の右買收計画当時における所有者が原告であるか松岡トモであるかに付いて調べるに、原告は、本件農地は原告が昭和十六年二月十日前所有者小田和三から代金千二百円にて買受けたものである旨主張するけれども、これに添う証人小田和三及び石王丸助五郎の各証言部分は信用ができず、又甲第二号証には右に添う記載があるが、これ又後記証拠に比照し事実に吻合しないものとして措信し難く、他にこれを肯認すべき証拠は存しない。然しながら、成立に爭のない乙第三号証の一、二、第四、第五号証、当裁判所が眞正に成立したものと認める乙第二号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、昭和十六年六月中前記松岡トモが本件農地を中村啓太郎の小作に委ねて、その小作料を收納し、又本件農地の公租公課を負担する等実質的に所有者として行動してきた事実を認め得べく、これ等の事実に成立に爭のない乙第一号証、甲第三号証、証人松岡満の証言によりその成立を認め得べき甲第五号証に右証人の証言、証人小田和三及び石王丸助五郎の各証言の一部(但し前記措信しない部分を除く)に当事者間に爭なき登記簿上本件農地が松岡トモの所有物件として登載せられ原告はその質権者となつている事実を綜合してみると、本件農地はもと小田和三の所有であつたところ、昭和十六年二月上旬頃、原告においてこれを代金千二百円にて買受けんとしたけれども、当時原告には右代金を一時に支払うだけの資力がなかつたので、その頃原告の父石王丸助五郎から、じつこんの間柄であつた松岡梅藏に相談をした結果、原告の方に本件農地を買受けるだけの資金がなければ本件農地は一応松岡の方で買受けておいて、原告が同人方にその買受代金を返済することができるまで、これを預つておこう、そして原告が右代金の返済をしたならば、その時に更めて原告に、その所有権を讓渡しようということに話合ができたので、右話合の趣旨に從い右梅藏の妻の松岡トモにおいて本件農地を買受けた上、その旨の所有権移転登記手続を了しこれを預つていたのであるが、その後原告において、同人に対し昭和十六年十二月十五日金百円、昭和十七年十二月二十日金百円、昭和十八年十二月二十五日金百円、昭和十九年十二月二十三日金百二十円、昭和二十年十二月二十八日金七百八十円合計金千二百円の支払を爲したので、前記話合の趣旨に從い、その頃原告において松岡から本件農地の所有権を讓受けその引渡も受けたので直にその旨所有権移転登記を申請せんとしたが、当時施行の臨時農地等管理令の規定によりその手続が極めて面倒であつた関係上、昭和二十一年一月十八日取敢えず松岡から原告の爲質権を設定したものとしてその旨の登記手続を了した事実を認めるに十分であるから、本件農地の買收計画当時における眞の所有者は原告であつたといわなければならない。この点につき被告等は右農地所有権の移転については当時施行の臨時農地等管理令(昭和十九年三月二十五日改正同日施行)第七条の二に定める地方長官の許可がないのであるから、いわゆる強行法規に違反する無效のものといわなければならない旨主張するけれども、右規定はいわゆる取締規定であつて、これに違反する行爲の私法的效果おも否定する趣旨のものではないと解するのが相当であるから、前記農地所有権の譲渡契約につき地方長官の許可のないことは弁論の全趣旨に徴し疑のないところであるが、この故を以て、直に右讓渡契約を無效とは做し難い。又被告等は前記農地所有権の移転については、その旨の登記が爲されていないから、原告は本件農地所有権の取得を以て、登記の欠缺を主張するにつき正当の利害関係を有する第三者たる被告等には対抗し得ない旨主張するが、農地の買收は国家がその公権力を以て強制的一方的に農地の所有権を取得する所爲であつて、一般私法上の不動産物権の取引とはその性質を異にするものであるから、一般私法上における不動産物権変動の安全確保を目的とする民法第百七十七条の規定は、その規定の趣旨から考えて国家公権力の発動に基く農地買收にはその適用がないものと解するのが相当であつて、このように考えなければ、本件における如く、登記簿上の所有名義人と眞の所有者とが異る農地について登記簿上の所有名義人を相手方として買收計画が定められた場合においては、登記簿上の所有名義人からその買收計画の取消を求めても、同人はこれによつて実体上何等権利を毀損せられた者ではないから、その取消請求は権利保護の要件を欠くものとして棄却されることになり、又眞の所有者の取消請求も登記欠缺の故を以て、第三者たる農地委員会に対しては所有権の取得を対抗し得ないということでこれを棄却されることになつて、いずれからも遂に取消を求め得ないことになる虞があるであらう。斯樣な訳であるから原告の本件農地所有権の取得につきその旨の登記を欠いていても被告等はこれを以て、原告の右所有権の取得を否定し得ないものと解すべきである。果してそうだとすれば本件農地の買收計画当時における眞の所有者は、原告であつたといわなければならないから、本件買收計画は原告を相手方とせず、登記簿上の所有名義人に過ぎざる松岡トモを相手方として定められた点において所有者を誤つた違法があるというべく、從つて右違法な買收計画を容認し、本件買收計画には所有者を誤つた違法なしとして原告の訴願を棄却した本件裁決も亦違法たるを免れないものというべきである。然らば本件買收計画並びに裁決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 野田三夫 入江啓七郎 眞庭春夫)

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